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福岡高等裁判所 平成7年(ネ)903号 判決 1996年4月15日

控訴人

松本虎之助

松本和子

松本ユキ

松本浩典

松本忠次郎

右五名訴訟代理人弁護士

石丸拓之

津﨑徹一

被控訴人

国民金融公庫

右代表者総裁

尾崎護

右代理人

川越久雄

右訴訟代理人弁護士

樋口雄三

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

本件事案の概要は、合名会社神田酒造場(訴外会社)の金銭債権者である被控訴人が、かつて訴外会社の社員で退社登記済みの控訴人らに対して、訴外会社の金銭債務の支払を請求したところ、控訴人らが、入社契約の錯誤による無効又は詐欺による取消し及び退社登記後二年の経過(商法九三条二項)を理由として支払を拒んでいるものであって、当事者双方の主張は、次に付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」欄の「二 当事者双方の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二枚目表六ないし七行目の「訴外株式会社花の香酒造」とあるのを「訴外花の香酒造株式会社(以下『花の香酒造』という。)」と改め、同八ないし九行目の「事実上倒産した」の次に「(花の香酒造が、平成五年六月三〇日、熊本地方裁判所玉名支部に自己破産申請をし、事実上倒産したことは、当事者間に争いがない。)」を、同一三行目の冒頭に「詐欺の抗弁に対し、意思表示の瑕疵により入社契約が取り消されても、取引の安全保護をより重視すべきであり、取消しを第三者に対抗できる根拠もないから、控訴人らは訴外会社の本件債務について責任を免れえず、右抗弁は理由がないし、また、」を、それぞれ加える。

二  同二枚目裏六行目の「代表社員神田」とあるのを「代表社員神田雄允」と改め、同三枚目裏初行の「二年」の次に「(除斥期間であり、民法一四二条の適用はない。)」を、同二行目の「責任は消滅した」の次に「(債権者は、社員の退社登記後二年という十分な余裕があり、しかも請求の予告でも足りるのであるから、期間制限を厳格に解しても酷ではない。)」を、それぞれ加える。

第三  証拠の関係は、原審訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  被控訴人の請求原因事実については、前記当事者間に争いのない事実と、甲第一、第二号証、乙第三号証、第二一号証、原審での証人神田雄允の証言及び弁論の全趣旨により、これを認める。

二  抗弁について判断する。争いのない事実のほか、各項目の末尾記載の証拠によれば、次の事実が認められる。

1  控訴人松本虎之助(以下「控訴人松本」という。)は、浦島海苔株式会社(以下「浦島海苔」という。)の代表者であるが、平成三年一一月ころ、かねて多少の面識があった訴外会社の代表者である神田から取引先の不渡りにより訴外会社が連鎖倒産の恐れがあるからと、五〇〇〇万円の融資を申し込まれた。控訴人松本は、訴外会社の経理内容について全く知らなかったので、そのころ、浦島海苔の監査役で顧問税理士をしている東巽(以下「東税理士」という。)に訴外会社の経理内容の調査を依頼した。(乙第一四、第一五号証、第一九号証、原審での控訴人松本本人)

2  東税理士は、同年一二月五日ころ、神田から、昭和六三年度分から平成二年度分までの税務署提出用の決算報告書、財務諸表などの提出を受けて検討した上、訴外会社の経理内容には特別の問題はない旨、控訴人松本に報告した。東税理士は、右調査に当たって、訴外会社の会計帳簿や証拠諸票を具体的に点検することはしなかったし、神田に対し、経理内容からは融資の必要はないのではないかとの意見は述べたが、神田から、取引先の不渡りで資金繰りが厳しいと言われて納得し、それ以上追求しなかった。(乙第一、第二号証、第四号証、第一四、第一五号証、第一九号証)

3  控訴人松本は、東税理士の報告を受け、また、玉名税務署からも間接的に地場で唯一の酒造会社だから協力してやって欲しいとの要請を受けていたこともあって、訴外会社の支援に乗り出すことにし、神田と担保の提供や浦島海苔の訴外会社に対する経営参加等の融資の条件を交渉し、平成三年一二月二〇日に、浦島海苔との間に経営参加に関する覚書(訴外会社の資本金を九五〇万円から一九五〇万円に増資し、増資分は浦島海苔が引き受けるとの条項を含む。)、根抵当権設定契約書、金銭消費貸借公正証書を作成した上で五〇〇〇万円を訴外会社に融資した。(乙第六ないし第八号証、第一四号証、原審での控訴人松本本人)

4  控訴人松本は、右交渉の際、神田に訴外会社の経理内容を細かく確かめることはなく、神田もその全体を完全に把握していなかったこともあって、正確な説明はしなかった。(乙第一四号証、原審での証人神田、控訴人松本本人)

5  浦島海苔の訴外会社に対する経営参加は、訴外会社が合名会社であるため株式会社である浦島海苔が直接参加するのは難しいことが判明し、訴外会社を株式会社に組織変更することもできないところから、神田の要請もあって、控訴人松本及びその一族である控訴人らが個人として出資することになったが、将来的には訴外会社に代わる新しい株式会社を設立してその会社に酒造免許を移譲することが考えられた。なお、東税理士は、経理内容の調査のため更に神田から平成四年二月末現在の訴外会社の試算表と借入金等の明細書を提出させた。(乙第九号証、第一四、第一五号証、第一九号証、原審での証人神田、控訴人松本本人)

6  控訴人らは、以上のような経緯で、平成四年三月三〇日に訴外会社の社員となった(登記は同年四月一日)が、控訴人松本は、神田の追加融資の要請を受けて、同年四月三日、浦島海苔から訴外会社に二〇〇〇万円の融資をし、神田から新会社設立の覚書と借用証書を徴した。また、控訴人松本は、入社後、訴外会社の信用に関する不穏な情報もあったことから、平成四年四月末ころ更に東税理士に訴外会社の実地調査を依頼し、その結果、同年五月には不審な簿外の借入金が発覚した。(乙第一一、第一二号証、第一四、第一五号証、原審での証人神田、控訴人松本本人)

7  なお、新会社の花の香酒造は、平成四年六月八日に設立され、訴外会社からの酒造免許の移譲を待って正式に営業を開始することにしていたところ、同年八月にその手続(新会社への免許交付と訴外会社の免許返上)が完了したので、以後、花の香酒造が訴外会社の債務を事実上肩代わりすることになったが、同月末の浦島海苔から訴外会社に対する融資残高は一億円余りになっていたし、浦島海苔は花の香酒造が東洋信託銀行から二億円の融資を受けるのについて担保提供をもした。発覚した訴外会社の簿外の借入金一億一二〇〇万円余りについては神田個人が責任を持つことにし、同年七月六日に神田、訴外会社、花の香酒造及び浦島海苔の四者間において、訴外会社の債務と神田個人の債務とを区別するなどの内容の覚書を結んだ。控訴人らは、新会社が設立されたことでもあり、訴外会社の債務につき個人責任を追及されることを避けるべく、同年九月一日に訴外会社を退社した(登記は同月二五日)。(乙第一三、第一四号証、第二一号証、原審での証人神田、控訴人松本本人)

8  訴外会社の関係では平成五年六月にも更に多額の簿外の借入金が発覚し、訴外会社の債務を事実上肩代わりしていた花の香酒造は同年六月に倒産した。(乙第一四号証、原審での証人神田、控訴人松本本人、弁論の全趣旨)

三  そこで、控訴人らの入社の意思表示は錯誤があって無効であるか又は詐欺による意思表示として取消しうるかについて判断する。

争いのない事実及び右認定事実並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人松本及びその一族であるその余の控訴人らは、訴外会社と入社契約をする際、神田が訴外会社の簿外借入金の実態を秘匿していたため、これについて十分認識がなかったのであり、仮にその実態を知っていれば入社の意思表示をすることを躊躇したであろうことは窺われるが、控訴人らとしても、訴外会社の神田が融資を依頼してきた際、訴外会社の倒産の恐れを強調したり、訴外会社の経営権を実質的に浦島海苔ないし控訴人松本に譲渡するような条件を受け入れたことなどから、訴外会社の経理内容が相当程度に危機的状況にあることを認識していたものと認められる。それにもかかわらず、控訴人らは、顧問の東税理士による必ずしも完全とはいえない経理調査に基づいて、自らの経営判断でそのような訴外会社を再建するために入社したと解されるのであり(そのために、担保の提供を受けたり、新会社の設立を約させたりしている。)、ただ、その経理内容が予想以上に悪かったため、所期の目的を達することができなかったものというべきである。したがって、訴外会社の経理内容の実態について完全な情報を提供しなかった神田が、控訴人らに対して責任を負うべきことはいうまでもないが、合名会社という人的色彩の強い会社への入社契約における意思表示の瑕疵を検討するに際しては、会社債権者等の第三者の保護も重視されるべきであり、控訴人らについて認められる上記のような経営判断上の見込み違いは、入社の意思表示における要素の錯誤とはならないと解するのが相当である。また、詐欺の点についても、訴外会社の代表者の神田が多額の簿外借入金があることなどの経理内容の実態を控訴人らに告げず、広義の欺岡行為をしたものというべきであるが、控訴人らも依頼した専門家の調査結果などに基づいて自ら経営判断を下したわけであり、欺岡行為と入社の意思表示との間には必ずしも明確な因果関係があるとはいえない。その上、被控訴人が訴外会社に対して本件貸付をしたのは、控訴人らが訴外会社の社員としての登記を了した日より後であり(したがって、本件は商法八二条の問題ではない。)、控訴人ら主張の詐欺による取消しにつき、被控訴人は第三者の立場にあるから、その取消しの効果は被控訴人に及ぶものではない。

四  次に責任期間消滅の抗弁について判断する。商法九三条二項の退社員の責任の消滅期間は、一定の権利について法律が定めた存続期間である除斥期間と解されており、会社債権者の権利行使をその期間内に限る趣旨であって、その期間の末日が休日に当たるからといって、民法一四二条に従って期間を伸長すべきものとも考えられないから、この点に関する控訴人らの主張には理由がある。

そこで問題は、被控訴人から控訴人らに対する請求(本訴の提起)が、二年の除斥期間の末日である平成六年九月二五日までになされたといえるかである。民訴法二二三条、二三五条の規定によれば、訴えの提起は、原則として、訴状を裁判所に提出した時になされたものとされるのであり、本件記録によれば、本件訴状には熊本地方裁判所玉名支部(以下「原審」という。)が平成六年九月二六日に受付をした旨の記載がある。しかしながら、甲第三号証及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人の訴訟代理人は、同年同月二一日の正午から午後六時までの間に、本件訴状を、熊本市内の熊本京町郵便局から原審にあてて、速達書留郵便で発信したことが認められる。そうすると、右郵便は、通常であれば、翌二二日(木曜日)中に原審に到達すると考えられるが、現実には、右郵便は翌二二日に原審に配達されなかった。そうして、翌々日の二三日(秋分の日)、二四日(土曜日)及び二五日(日曜日)は裁判所の休日であった(昭和六三年法律第九三号・裁判所の休日に関する法律)。ところで、速達書留郵便は郵便官署の勤務時間外でも配達される取扱になっていることが経験上明らかであるから、本来ならば、右郵便は遅くとも同月二三日には原審に配達されるのが当然であると考えられる。そうであるのに、実際の配達は同月二六日(月曜日)となっているのであるが、その理由は、たまたま原審がいわゆる宿日直廃止庁であるため、郵便官署との事実上の取決めに基づいて、同月二二日の原審の退庁時刻から同月二六日の勤務時間開始までの間、右郵便が、配達を担当する郵便官署に留め置きになっていたためであると認められる(当裁判所に顕著)。そうである以上は、このような裁判所職員の勤務時間の定めに由来して郵便物の配達日時に影響を及ぼすことの不利益を、訴えの提起によって権利行使をしようとした被控訴人に課するのは相当ではない。したがって、本件訴状は、原審への配達を担当する郵便官署に留め置きの取扱になった時点、ないしは右時点から原審に配達するのに通常必要とされる時間が経過した時点で、原審が了知できる状態になったものというべきであり、権利行使の除斥期間を遵守しようとした当事者との関係においては、その時に原審に提出されたと解すべきであって、その時点は遅くとも同月二五日の満了より前であると認められる。控訴人らの右抗弁も理由がない。

第五  以上のとおりであるから、被控訴人の請求を認容した原判決は結論において相当であり、控訴人らの控訴は理由がないから、本件控訴をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官友納治夫 裁判官有吉一郎 裁判官奥田正昭は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官友納治夫)

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